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「人事を尽くして天命を待つ」と言う言葉が有ります。国民故事ことわざ辞典によります「尽力の限りを尽くした上で、後は静かに天命に任せる。悔いの無い努力をする事」と有りますがこの言葉は私がビジネスマンとして20代からつい最近までずっと自分のモットーにしてきた言葉です。私はこれをつい最近までこれを実にいさぎよい態度だと思っておりました。「思っておりました」と過去形なのは実は今はこれはクリスチャンとして余り望ましい態度では無いと思っているからであります。
私の仕事は不動産屋です。不動産屋と言うのは色々専門分野がありまして私は一昨年までサンフランシスコのコールドウェルバンカーと言う会社で商業不動産と住宅の両方を手がけておりました。が今はサンノゼのCB
Richard Ellisと言う会社で商業不動産だけを専門に手がけております。皆さんから見ると大した違いは無いと思われると思いますが不動産業と言う仕事は土地にくっついて始めて成り立っているビジネスです。ですから我々が今まで居た土地を移ると言う事は大変な事で自分のそれまで培ってきたお客様との関係を全て捨てる事に成りますし、よく言う土地感、つまりその地域の様子、将来の開発計画、その地域の実力者とか同業者とのコネクションと言うのもその土地を離れては全く役に立たない物に成ります。
13年間培ってきたそれらの物を全てなげうつつもりで他の土地に移るという事は私にとってはかなり思いきりのいる事でした。前に不動産を買ってくださったお客様の売る時のお手伝いもさせていただく、又そのお客様が新しい不動産を買う。以前のお客様に新しいお客様を紹介していただくと言うような事でずっとやってきましたからそれをぷっつり切ってしまいしかも住宅は全く扱わなくて商業不動産専門にしてはたして家族を養っていけるのかというような大きな不安があり今まで何年もずっと躊躇してきました。
ただシリコンバレーの商業不動産を手がけてみたいと言う事はもうこの数年間ずっと考え続けてきたことでした。ベイエリアの中心はいまやサンフランシスコから完全にシリコンバレーに移りつつあります。元々金融、商社、観光等が中心のサンフランシスコの日系企業は今どんどんダウンサイジングをしている反面シリコンバレーのIT関連の企業は今や破竹の勢いで伸びております。
これは全く私が自分勝手に描いていたシナリオなのですがもし移るとしたらその時は移ってしばらくは収入が殆ど無くなるだろうから神様はその前に私にすごい収入を与えてくださるに違いない、そして十分に余裕が出来たところで仕事を変えてくださるに違いないと考えておりました。(実際我々の仕事で新しくエージェントに成りたての人は6ヶ月ぐらいは全く収入が無いと言うのが普通です。)
しかし、そのシナリオ通りの事はなかなか起こりませんでした。むしろ現状は全く逆でした。私の主なお客様は日本からの投資家でした。その投資家がバブル崩壊以降はアメリカでの投資など全然しなくなってしまった為、アメリカがこれだけ不動産ブームで沸いているにもかかわらずここ数年日本の不景気を反映して私のビジネスは低迷する一方でした。以前大きなアカウントだったイトマン、マルコ-、トーア等が倒産しましたし、私のそれまで一番のお得意だった個人投資家の方も一昨年倒産なさいました。
収入は低下する一方で妻が日本から持ってきた預金も随分減りました、毎日毎晩ビジネスが良くなるように自分一人で祈りましたし、妻も一緒に真剣に良く祈ってくれました。しかしいくら努力しても祈っても一向にビジネスは良くならないのです。まあ、どんなにしても日本の経済が一人の祈りで急に良くなる訳はないのでしょうが、こんな事ならいっその事死んだ方が楽だなと思い妻に生命保険が残せるようにどうやったら事故死が出来るかとうまく自動車事故で死ねそうな場所をまじめに探したりしたものです。
一昨年は中でも特に最悪な年でした。そこで一昨年が終わった時遂に思ったのです。これだけビジネスが悪いんならもうどこへ行って何をしても同じじゃないかと、どうせだめなビジネスならやりたいビジネスをやろうと、ようやく真剣に職場を変わる決心をしました。余分なお金など全然無いのにもうやけのやんぱちです。妻と再婚して3年目、下の子供が出来たばかりで、妻には本当に申し訳無いと思ったけれど、もうそれこそ「Go
for broke」って奴です。今までの「人事を尽くして天命を待つ」方式で行けば私はこの時その全く反対の事をしてしまった訳です。
しかしその後一年が経った訳ですが果たして結果はどうだったでしょうか、自分でも考えられないような事の連続だったのですが本当に恵まれてしまいビジネスは大変うまく行ってしまったんです。今年の収入は過去最高の金額に成るでしょう。この一年だけでNTTドコモ、光通信、コーワ製薬、ラサ工業、明治生命、阪急、法政大学、東邦金属、日商岩井等皆さんも良くご存じなような大きな新規クライアントがたくさん取れました。お蔭様で会社は私の為にJapanese
Business Advisory Group通称ジャパン・デスクと言う新設のDivisionを作ってくれてシリコンバレーだけでなくサンフランシスコでもサンマテオでも法人顧客であれば他の支店と共同で取り扱う事が出来るシステムを考えてくれました。本当に思いのほかに全てがうまく行ってしまったわけです。(この転職に当り多くのご助力を頂いた渡辺マイク、奈々夫妻にもこの場を借りてお礼申し上げます。)
ここで思う事なのですが神様が取られる方法と言うのは我々には到底想像がつかないと言う事です。もし私にこの2-3年もそこそこの収入が有ったとしたら私はもう少し有ればなーなんてぶつぶつつぶやきながらもやはり転職は出来なかったと思います。又、もし私が一年間遊んでいてもいいぐらいの収入が入ってくるまでは転職をしないと頑なにいつまでも待っていたら、恐らく転職の機会など一生来なかったのではないかと思います。一端ペッシャンコに成るまでに叩かれて、もうどこにも行き場が無くなって始めて転職を考える事が出来たのですね。そして神様はその後にちゃんと祝福を用意しておいてくださいました。艱難は希望を生み出す(ローマ5章3~5)、艱難をも感謝しなくてはいけないという事を本当に学びました。
神様は本当に不思議な方法を取られます。それは一見最悪な方法であるかのように見えるかもしれません。けれども決してそうではない、神様は私達にとっていつも最終的に最善な方法を考えてくださいます。それがどんな方法なのか私達人間が「人事を尽くして」考え知るなどと言う事はとても不可能な事だと思います。
もちろん私は「だから何もしないでそれこそ池の中の鯉みたいに上だけを見つめて口をパクパクさせていれば神様が黙っていてもいつかおいしいえさを投げてくださる。」と言うような事を申し上げているのでは有りません。自分でそれが最良で神のみ心にも適っていると思われることは積極的にどんどんやって行かなければ行けない。只、どんなに忙しくても「たえず神に聞く」と言う姿勢を崩さないと言う事だと思います。「たえず神に聞く」と言う姿勢を崩さない限り、もしその判断が間違っていたとしても神様は必ずどこかでそれが最悪の結果をもたらす前にそれを正してくださいます。しかし自分にはそれしか方法が無い。それをすれば必ず神に喜ばれるはずである式の事を考え出したとすれば、あるいはこれが神の取られる可能性のある全ての方法であると言うような事を人間の浅知恵で考え勝手に決めて、さあ神様この中から選んでください等と神様に申し上げたとすればそれは人間のとんでもない傲慢だと思います。
この経験を通して私は「人事を尽くして天命を待つ」をやめました。これをやめて良かった事は他にもあります。何でも人事を尽くそうと思ったら人間は完全主義者のようになってしまいます。完全主義と言うのは元々完全に近い人が成る分にはそんなに問題が無いのかもしれませんが、そうでないと自他共に認めるめる大変なオッチョコチョイの私のようなのが掛かるとこれは悲惨な事に成ります。
いつも見落としは無いか緊張していなくてはならない。無い事まで予想してそれに対する方策を練るわけですから取り越し苦労ばかりしている。やらなくては成らない事がいつも頭の中を占めていて絶えずプレッシャーを感じている。夜中に何かを思いつくとすぐにそれを書けるように枕もとにメモが置いてあるのですが、もうそれがしょっちゅう、一々スタンドの電気を点けてはメモ、電灯を消して5分もすると又別な事を思い出してメモ、もうなかなか寝つかれない。大変なストレスです。
それだけストレスを感じながら全てを完遂しようとする訳ですが、人間一人に出来る事など所詮限界がある。だから時としてこの完全主義が逆に作用し全く何も出来ない時がある。全て完全に出来ないと感じた時に、では中途半端でもいいからやるという事は出来ない。そこでペンディングにしてしまう。だから良いプランでも途中で止めてしまうというような事が今まで随分ありました。
でも今は違います。今は先ずその日に出来る事だけをする。無理して明日の分まであるいは来週の分までやろうとしない。そして一番効果があると思う事つまり神様が一番望んでいらっしゃると思われる事から一番先に手をつける。例えまだ十分な準備が出来ていないと思われても、とにかくそれがいい事であるならまず始めてしまう。そして神様の声を聞く、もしそれが適切でないと聞こえた時にはすぐにそれをやめて自分の精力を又別のプロジェクトに振り向ければいい。この全てを神に委ねると言うやり方を始めてからと言うもの心の内に本当に平安を得ました。これはまさにクリスチャンの特権だと思います。大変感謝な事だと思います。 |